たんとで学び始めて1年7ヶ月になります。たんとでの学びでは、外的コントロールではなく、自分に矢印を向けることの大切さを学んできました。それは61年生きてきた人生の中で、過去に遡って自らの暴力や加害性に向き合う作業でした。
もし、たんとでの学びばがなければ、遠い記憶にしかなかった、幼少期から社会人になってから起こしてきた数多くの目を背けて思いだしたくもない記憶の中に閉じ込めてきた自らの暴力を思い出す作業でもありました。私は既に定年退職を迎え、再雇用で、今の仕事に就き生活をしておりますが、現役の時に何故、自分の加害性に気付く事ができなかったのか、自らのDVを認めずに、何故それを正しい行為と認識してしまったのか、何故それを自分の個性として正しいと認識してしまったのか。そして何よりもパートナーに対して何故、長年にわたりDVを行ってきた認識がなかったのか。日々考えさせられております。
最近のエピソードです。先日、病院での手術後、帰宅途中の電車での出来事です。ある男性が、電車に乗る時に、ゆっくり降りてきた人を待たずに、強引にも見える乗車をしました。降車駅では、停車前に人を押しながら降車ドアに向かいました。降車後の駅の上り階段では、上りの階段を下ってきた人を避けずに、ぶつかりながら登っていきました。私は、思わず心の中で「きちがい」と叫びましたが、その瞬間、彼の行動は自分が普段からやっている行動と何一つ変わらないじゃないかと思い、正に普段の自分を見ているようでした。そして、彼の行動は他の人達とは明らかに違う、異常な行動であると感じました。その時、彼は私にそのことを反面教師として教えてくれたんだと思いました。
今、思う事は私のようなDV加害者はパートナーや子供さん達に暴力を行ってきた人間です。私は、これからも瞬間瞬間で自ら行う一つ一つの行動を細部に渡って様々な角度で、振り返る事が必要だと思っています。ただし自分に矢印を向けることは、自らの正体を知り、その行動を正面から見ることです。逃げ出したくなる事も多いのも事実ですが、身近なパートナーや家族に与えた衝撃を考えた時に、これ以上、逃げ続けるわけにはいきません。これからも学びを続け、常に自分に矢印を向け続けようと思います。
写真は今月の課題図書の2章「朝」を整えるを実践した中で、朝を迎えたものです。自然の朝日のなんと感動的で気持ちのいいものか、学びの中でそれを実感できる幸せを感じます。
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