自分の手に聴いてみる

 

 

私は土曜日のたんとすまいる加害更生プログラムの2つのグループに参加しています。

今年も仲間と向き合いミーティングに参加しました。

 

私の仕事はダンスの仕事でダンスクラスを教えたり、ダンス作品を作ったり、アラフォーですが未だ踊っています。

12月のこの時期は受け持っているダンスの専門学校の期末試験がありました。

ダンサーさん達はダンスのエクササイズの振り付けを憶えて、学校の先生達のまえで踊ります。その踊りはとてもまっすぐで感動しました。

私も20年前にダンスの学校を卒業した時に学校の試験で踊ったのを憶えています。

今も一緒に練習をした、友人達の踊っている姿を思い出すことができます。

どこかで意地を張ってしまう仲でもありながら、毎日練習に取り組むことは簡単ではないことも知っている仲であり、そんな熱量で切磋して頑張っていたんだなと思います。

そんなダンスの友達とは今もつながっていて刺激を与えあっています。

 

熱くなることや感情的になることを、どうコントロールするのかを大人になってから学んでいくなかで、踊るということは熱くなることや感情的になることを表現することもゆるされていた時間だったのではないのかとも思います。

 

私は他人を支配しないこと、他人をコントロールしないということを毎日意識しているなかで、今もどこかで他人を支配、コントロールしたい自分の願望があるのも感じます。

 

そのことをその時、その時に手放していく。

その手放していく自分の手に聴いてみる。

手放しても大丈夫。手は暖かくいつも今まで経験した色んなこととつながりを実感している。思い込みかも知れませんが、そんな風に手を暖かく感じます。

 

留学した時からずっと、今も尊敬しているダンサーが「指先まで感覚して踊ること。」と言っていたのを今も憶えています。

 

これからもグループにログインする時も指先まで感覚して参加したいと思います。

 

グループ時に熱くなったり、感情的になる時もありますが、そのこともゆるしあう。そして学びあう時間を今年もつないでいきました。

ゆるしあうことをみつめる時間なのかもと思ったりしています。仲間の手は、はなれていても暖かいのだろうと感じています。

(12月年の瀬にグループの仲間のご健康をお祈りしています:)

                                         2-22