断られた瞬間に出てきたもの

「たんとすまいる」に通い続けて4年半が経ちました。

別居状態は続いていますが、それでもパートナーと子供たちと会ってお出かけできる機会を頂けることに感謝しています。

去年の夏くらいから、パートナーと子供たちが暮らしているお家の中で過ごす機会も頂けるようになり状況の変化も現れています。

最近あった家族と家で過ごす時間での出来事を書きたいと思います。

 

同居していた頃は、私は家事をほとんどしていませんでした。

だから、食事後の後片付けなど自分から進んで動こうと決めていました。

 

食事が終わり、食卓の食器を片付けようと動き、その後食器洗いをしようとした時、パートナーから

「大丈夫、やらなくていいよ」と言われました。その瞬間、私は“断られた”と感じました。

 

一瞬で冷静さを失い、「なぜ?」と聞き返していました。

パートナーは「いいよ、いいよ」と繰り返していましたが、私もまた「なぜ?」と繰り返していて

「何が気に入らないの?」とさらに問い詰めてしまいました。

 

パートナーから、「水切りかごが片付いていないから」と理由を教えてくれましたが、

私は「別にいいでしょ」と自分のやり方を押し通そうとしました。

 

後になって気づいたことですが、

私は“変わった自分を見せること”が目的になっていて、”良い人”を演じていただけだったのです。

パートナーから断られたとき、パートナーから評価を得られなかったことに対する悔しさがありました。

もしかすると怒りもあったと感じます。

 

私は、相手のやり方やペースを尊重するよりも、「変わろうとしている自分」を認めて欲しくてこんな行動になってしまいました。

親切にしようと取った行動をしていても、自分の価値観を優先した”支配”の構造からまだ抜け出していないのではないかと思い、

私の中にある暴力性の種を知ること、見ることができました。

 

今回の経験から、

「変わる」とは、「何かをして見せることではない」ということを学びました。

私はまだ変化の途中にいます。 

 

                                        1-20