アティテューディナル・ヒーリング

私が行ってきたDV・暴力の一つに、「相手の話を聴かずに、自分だけの正しさを押し付ける」ことがあります。そんな私にとって、相手の話を聴くことは、暴力を手放すうえで大切な学びです。

たんとすまいるの加害更生プログラムでは、「アティテューディナル・ヒーリング(以下「AH」といいます)」を学び、練習する機会があります。AHとは、「怖れを手放す アティテューディナル・ヒーリング入門ワークショップ」(水島広子氏 著、星和書店 刊)という書籍を読んでいます。

AHとは「こころの姿勢の選択」であり、「こころのあり方を変える」とされています。そのためには「ものごとを怖れる気持ちを手放すことを意識的に選択すること」といいます。これだけではよくわからなかったものの、私にとっては、「怒っている人は困っている人」という例えがわかりやすいと感じました。

例えば20年ほど前のことです。休日に子どもと映画を観に行きました。私は知人から勧められた映画を観たい一方で、一緒に行った子どもはアニメを観たいと、意見が合いませんでした。その時、私は「親の立場」や「自分の希望」を押し通して、私の観たい映画を子どもに押し付けました。子どもは悲しそうに不機嫌になりました。内心は悔しくて怒っていたと思います。その時の私は、自分の希望が叶ってご機嫌でしたし、子どもは悲しそうにしながらも、おとなしく一緒に映画を見てくれていたので、その時はあまり気にしていませんでした。

しかし振り返ると、「あの時、子どもは怒っていたのだろうな、観たい映画を観られなくて残念だっただろうな。」と思います。当時、私がそれに気づかなかったのは、私が「親子の関係」を悪用し、子どもをラベリングして、どこかで見下していたからだと思います。私自身「酷いこころの姿勢を選択して、子どもを酷く傷つけてしまった」のだと、改めて後悔します。そうした自分を変えて、私はあたたかいこころを選択したいと思います。

 

もうひとつ、私が気に入っている表現は、AHのガイドラインの一つにある「『ランプのかさではなく、光だけを見る』ようにする」という言葉です。これは「あんな言葉を使っている」、「あんな洋服を着ている」ということではなく、「すごくいい雰囲気」や「相手のあたたかさを感じること」と書かれています。そして相手のあたたかさを感じると、相手がどんな洋服を着ていたとか、どんな顔でしゃべっていたとかあまり覚えていないものと書かれています。

しかし実際、「ランプのかさではなく、光だけ見る」ことは私にとって難しく、なかなかうまくできません。今でも職場で仕事の話をするときも、「相手の言葉遣いや態度」が気になって、雰囲気やあたたかさを感じることができないこともあります。一方で、気の置けない友人との話では、いい雰囲気を感じることもあります。それは相手に対するラベリングや、相手と話が合うかどうかといった「ランプのかさ」にだけ気を取られているからかもしれません。そしてその背景には、「自分は正しくて、相手はまちがっている」といった、「自分だけの正しさ」を未だに私が選択していることがあるのだと思います。そうした私の歪んだ姿勢を捨てて、いい雰囲気や相手のあたたかさという「ランプの光」だけを見て、こころの平和を選択できる、選択し続けられるようにしたいと思います。

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