ここ半年ほどは、いわゆるスピリチュアル系といわれる本を何冊も読み、瞑想(マインドフルネス)に取り組んでいます。こういう話をすると、「?」と思う人が大半ではないでしょうか。ただ、スピ系の本をいろいろ読んで(もちろんしっかり本を選んで)思ったのは、メンタルや心のことを考えるとき、結構、大事なヒントがあるとういうことです。それらは、たんとすまいるの学びとも共通するところがあります。
例えば、たんとすまいるのプログラムでときどき実践するAH(アティテューディナル・ヒーリング)も、スピリチュアルなところがあります(私は、AHは、「聴く瞑想」だと考えています)。アドラー心理学の「共同体感覚」もそうです。以前、たんとすまいるの課題で読んだジル・ボルト・テイラー著「ホール・ブレイン 心が軽くなる『脳』の動かし方」に書かれている内容も、とてもスピリチュアルです。
たんとすまいるに参加して数年になりますが、加害性の更生や、自分の「心」のコントロールについて頭で理解したつもりでも、日常生活の実践ではうまく対応できないことが多くありました。そんな中、縁あって、今年の2月から、取り組んでいるのがヴィパッサナー瞑想(「歩く瞑想」)です。実際に指導を受けて、毎日続ける中で、自分にとって大きな力をいただきました。同じ頃から、スピ系の読書をすることで、より効果を生んでいるように思います。
瞑想やマインドフルネスというと、なにかうさんくさい、あるいは難しそうに思う方もいるでしょうが、簡単にいえば、「気づき」です。心の静寂をたもち、自分を観察し続けるのです。
DV加害者も、あるいは、そこまでいかなくても、感情的になって雰囲気にのまれやすい人も、多くの場合、自分を冷静に見ることができなくなっています。焦り、体が熱く、呼吸は浅く速くなっています。そうではなく、深く、ゆっくりした呼吸とともに、自分の心を静寂、純粋、余白の状態にして、自分を俯瞰的に見て、その変化を実況中継します。思考、妄想、心の動き、反応という現象に自分が同一化することなく、距離を持って観察することで、ジャッジすることなく、ただ気づくことができるのです。それは、「私」を離れることでもあります。「私が怒っている」のではなく、怒りという現象が、「私」の意識空間で起きて、そして消えていく。そんな心のうつろいの時間を感じる。そんな静寂が、マインドフルネス(瞑想)です。
マインドフルネスは、認知の歪みに気づき、修正する土台です。日常生活の中で、こうしたトレーニングを続けることで、自分を俯瞰的に観察し、メタ認知の力を向上させるのが、現在の課題です。そうして、左脳の自動思考や妄想に振り回されず、心を安定させ、清らかな愛の心を育てるが目標です。
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