戦争とDVの関連性について考える
2025/08/26
私は中学1年の息子と一緒に、鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館を訪れたことがあります。戦争で散った若者たちの遺影や手紙を前に、息子はじっと立ち尽くしていました。

私 の 現 在 地
2025/08/24
そんな私の現在地は、今までの自分を反省して、これから先の人生を普通に豊かに迎えられる様、自分を改革すること、そして、自分の周りの人たちが幸せに暮らせるように愛情を持って、接していいける様目標に、日々試練と思い努力して過ごしています。

時間が解決してくれる。
2025/08/18
。私は、「時間が解決してくれる。」という言葉を全く信じていませんでしたし、なんなら「それは今の辛さに向き合えない詭弁だ!」とさえ思っていました。自分がしてしまったことは変えられないし、その結果も変わらない。そして、その物事の解決を時間に任せてしまうのは、ただ現実と向き合わずに問題を先送りにしているだけなのではないか、と考えていたのです。

気づかなかった視点
2025/08/12
妻と別居する前は、娘が1才で保育園に通っていた。妻も1年間の育休から職場に復帰して働き始めた。朝、娘が熱を出して妻が仕事を休み娘の看病をしたことも何度もある。 その時、私は妻に協力することなくそれまで通り職場に行き、自分の仕事を優先していた。

自分を大切にする事の難しさ
2025/08/06
自分を自分で愛せないから、他者に認めてほしい・褒めてほしい気持ちが強く批判されると暴れてしまいます。そして全てを無駄にしてしまいます。 自分で自分を大切にしていないから、髭もそらず見っとも無い状態で買い物に行き、お腹が空いても適当な物を食べて自分の体や心の事を無視してしまいます。

自分の中にいる「鬼」について
2025/08/03
自分の普段の一人称は「僕」です。これまで「俺」に変わることが時々ありました。それは自分の中にいる「鬼」が出てきた時です。相手が自分の価値観や理想と異なる行動をとり、その行動に対してもどかしさやイライラを感じた時に顔を出してきます。そして不満が怒りに変わると姿を現します。怒りが大きくなればなるほど、「鬼」どんどん大きくなっていきます。

1年を振り返って
2025/08/02
グループでの学びや取り組みも1年が経とうとしていますが、プログラム参加時以外も自分と向き合う時間が増えたり、自分の見えていないところで誰かの支えがある幸せを想像することがあります。

「相手を観ること、相手の話を聴くこと」
2025/08/01
私自身が元妻さんや子どもたちにしてきたDV・虐待の一つに「私自身の価値観を押し付けて、私自身の意見に従わせること」があります。私の「自分の支配的な行動パターン」の一つは、例えば「返事をする、噓をつかない、相手の眼をみて話す」といった、いわば「正しいことだから押し付けてもよい」という価値観があり、それを私は特権意識として振りかざしていました。

走ることの喜びを
2025/07/23
ランニングを趣味として楽しんでいますが、ランは常に選択の連続です。 予定通りに走るか、どのくらいのペースで行くか、どのコースを行くか、前の自転車を抜くか、などなど、、、 信号が点滅している時に頑張って変わる前に通過できると気持ちが良いし、赤になって止まると一息つけてラッキーな気分になれます。 集団が道を塞いで歩いていても、声をかけて穏便にパスできると自分が品行方正な人になった気分になれます。 ランニング以外もそうですが、ランニングも瞬間瞬間が選択の連続です

「離婚」という選択
2025/07/21
「たんとすまいる」へ参加した理由の一つに、当初はパートナーとの関係改善を果たし、また家族みんなで共に歩んでいきたいという想いがありました。それは、これから成長していく子どもの発育過程に影響を与えないようにするためでもあると考えていました。

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